私たちはなぜ、幸せになりたいのに不快に敏感なのか?

私たちは瞬時に、
「汚い」「うるさい」「痛い」「臭い」
「美味しくない」など感覚に、
不快感を覚えます。

こういった感覚を与えるものは身体を、
場合によっては命を
危険に晒してしまうことが多いからです。

不快感は、
危険を察知するために役に立っています。

だから感覚としては必ず必要です。

 

ただ私たちの心は、
一度に複数の感情が湧くことはありません。

ということは、
不快感への敏感さが過剰すぎると、
目の前の小さなYes!に気付けません。

自分がどんなものごとやできごとに
幸せを感じるかが、
わからなくなってしまいます。
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私たちは小さな頃には
ニンジンやピーマンなどの
苦い味のものが嫌いでした。

『苦い=毒かも』
という本能が働いていたからです。

でも大人になったら、
ビールやコーヒーが
飲めるようになったりします。

どこかのタイミングでリスクを冒して、
ビールやコーヒーが毒ではないと理解して、
苦味も『美味しい』
と感じるようになったからです。

 

私たちは不快に対して敏感なのは、
危険から身を守るという意味では必要です。

でも何でもかんでも危険視していては、
肝心の幸せに気付くことができません。

私たちはどこかのタイミングで
小さなリスクも冒してきたからこそ、
その先の快にも気付いていけるのです。

 

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