なぜ悩んで答えが出ないのか

私たちは悩んだ時、
正しいと考えた方や
良かれと思ったことをやっても、
うまくいかない時があります。

そしてまた
『なんでうまくいかないんだろう?』
と悩んでしまいます。

 

一方で、
心は快か不快かで動いています。
[clink url=”https://www.happy365.jp/nazefukainibinkannnanoka/”]

正しいか間違っているか、
良いか悪いかでは動いていません。

 

私たちは幸せになりたい、
つまり快が欲しいのに、
頭で正誤や良し悪しを考えているから、
結果が出ずに悩んでしまうのです。

 

カテゴリー: | 投稿者:

夢や目標は明確じゃないと、本当に叶わないのか?

夢や目標がわからなくて悩んでいる人は
多いです。

たとえば
「自分に合っている仕事がわからない」
「結婚すべきどうかわからない」
「痩せたいけれど自信がない」
など。

 

すると、
目標明確化セミナーや自己啓発の本で
「わからなかったりないのは、
夢や目標が明確じゃないから」
と言われます。

そして
「起業して年収1000万を稼ぐ」
「2020年12月31日に入籍している」
「3ヶ月後に−5kg」
というふうに期限や数値を明確にします。

それでも夢や目標が叶わないのは
なぜでしょうか?

 

私たちは、
夢や目標がわからない
またはないことが、
「良くない」「悪い」と考えてしまいます。

でもそもそも夢や目標とは
あなたの好み、
Yes!そのもののことです。

Yes!には良いも悪いもありません。

好きか嫌いかだけです。

 

ということは、
目標が明確ではないことが
悩みの原因ではありません。

好みがハッキリしていないから、
夢や目標が明確じゃないのです。

Yes!を探して気付き
自分にとっての好みがハッキリすれば、
夢や目標は自ずとハッキリしていきます。

 

カテゴリー: | 投稿者:

なぜYes!を感じるのか?

私たちがあるできごとやものごとに対して
Yes!を感じる時は、
初めは必ずふと気付くところから
始まっています。

仮にあなたはいま、
タピオカが好きだとします。

タピオカを好きになったのは、
好きになろうとして
好きになったわけではないですよね。

初めて見た時の見た目、
香ってきた香り、
飲んだ時の味、
噛んだ時の食感などから、
Yes!と気付いたはずです。

 

自分の好みは、
意図して好きになれるものではありません。

必ず初めは意図したわけではなく、
ふと気付いています。

 

ふと気付いてしまったYes!とは、
『これを味わえば
また幸せな気持ちになれる』
ことがわかった、
ということでもあります。

そこで私たちは気付いたYes!を、
繰り返し味わおうとします。

私たちは『幸せになりたい』
と思っているからです。

 

繰り返し味わえるようになったYes!は、
だんだん探さなくても気が付く、
つまり見逃さなくなります。

たとえば街を歩いているだけで
探しているわけでもなくタピオカショップが
目に入ってきたり、
SNSに流れてくる新作のタピオカの情報に、
自然と気が付くようになります。

 

はじめはふと気付いたことが
見逃さなくなるまでになってしまうのは、
そこに情熱があるからです。

これはタピオカの出来の良し悪し
ということではなく、
タピオカを味わったり
インスタ映えした写真をUPしたりすることに
情熱が湧いているからこそ、
好きだと感じます。

 

このようにして私たちは、
自分なりの好み、
幸せの形がひとつひとつ
明らかになっていきます。
[clink url=”https://www.happy365.jp/shiawaseninarutoha/”]

 

カテゴリー: | 投稿者:

私たちはなぜ、幸せになりたいのに不快に敏感なのか?

私たちは瞬時に、
「汚い」「うるさい」「痛い」「臭い」
「美味しくない」など感覚に、
不快感を覚えます。

こういった感覚を与えるものは身体を、
場合によっては命を
危険に晒してしまうことが多いからです。

不快感は、
危険を察知するために役に立っています。

だから感覚としては必ず必要です。

 

ただ私たちの心は、
一度に複数の感情が湧くことはありません。

ということは、
不快感への敏感さが過剰すぎると、
目の前の小さなYes!に気付けません。

自分がどんなものごとやできごとに
幸せを感じるかが、
わからなくなってしまいます。
[clink url=”https://www.happy365.jp/shiawaseninarutoha/”]

 

私たちは小さな頃には
ニンジンやピーマンなどの
苦い味のものが嫌いでした。

『苦い=毒かも』
という本能が働いていたからです。

でも大人になったら、
ビールやコーヒーが
飲めるようになったりします。

どこかのタイミングでリスクを冒して、
ビールやコーヒーが毒ではないと理解して、
苦味も『美味しい』
と感じるようになったからです。

 

私たちは不快に対して敏感なのは、
危険から身を守るという意味では必要です。

でも何でもかんでも危険視していては、
肝心の幸せに気付くことができません。

私たちはどこかのタイミングで
小さなリスクも冒してきたからこそ、
その先の快にも気付いていけるのです。

 

カテゴリー: | 投稿者:

私たちは不快には敏感。だからこそ幸せになるには?

私たちは過去の嫌な記憶や
ちょっとした不快なできごとには、
すぐに気付いて
ネガティヴな気持ちになりますよね。

たとえば
「道ですれ違うときに肩がぶつかった」
「部長に怒られた」
「朝起きたら天気が悪い」
など。
[clink url=”https://www.happy365.jp/nazefukainibinkannnanoka/”]

 

反対にYes!なできごと、
特に小さなYes!ほど、
すぐに忘れてしまいます。

たとえば
「ランチのパスタが美味しかった」
「部下が重い荷物を運んでくれた」
「ラッシュの電車で目の前の席が空いた」
など。

 

このように私たちの心は、
不快には敏感で
快には鈍感なようにできています。

でも私たちはいつどのようなものごとに
幸せを感じているかに気づけなければ、
幸せになりようがありません。

Yes!に気付かなかった、
または気付いてもすぐに忘れてしまったら、
それはYes!が無かったのと同じことに
なってしまうからです。

 

私たちは
小さな幸せほど見逃しやすいからこそ、
意識してYes!を探して暮らすくらいで
やっと幸せに向かっていけるのです。

 

カテゴリー: | 投稿者:

「幸せになる」とは?

私たちの周りでは常に、
何らかのものごとやできごとが起きています。

その時の何かにYes!を感じたということは
小さくても大きくても、
『幸せを感じた』ということです。

Yes!についてはこちら
[clink url=”https://www.happy365.jp/kaitohananika/”]

言い換えれば、
「ものごとやできごとによって
幸せな気持ちにさせられた」
ということでもあります。

 

Yes!を感じたことが幸せならば、
「私たちはいつどんなものごとやできごとに
Yes!を感じたかがわからないと、
幸せになりようがない」
ということです。

幸せは、
遠い未来の叶うかどうかもわからないもの
ではなくて、
日常の中で実際に感じたYes!で
できあがっています。

ということは、
「Yes!を集めたらしあわせになれますよ」
というボンヤリしたはなしではありません。

さまざまなYes!を感じている瞬間、
私たちはいつも
幸せになっているのです。

できごとやものごとが
「こうなれば幸せを感じる」
という幸せな状態そのものなのです。

カテゴリー: | 投稿者:

快とは何か?

私たちは自分の外のできごとやものごとを、
①五感というセンサーで情報をキャッチして、
②心のフィルターを通して認識しています。
[clink url=”https://www.happy365.jp/kaifukaiwokanjirufilter/”]

 

心で認識しているのは・・・

『嬉しい』『楽しい』『面白い』
『綺麗』『可愛い』『美味しい』

などの『快』または『不快』です。

『快』とは
気持ちがポジティブな方に振れることで、
不快はその逆です。

 

『快』を説明しようとすると
このように長くなってしまいます。

そこでこの気持ちの動きを
「Yes!」という単語で
表現することにします。

「Yes!」には上で挙げた以外にも、
ポジティブな気持ちのすべてが含まれます。

Yes!と表現することで、
快に気付いた時に
頭でいろいろ考えてしまう前に、
より素直に率直に認識しやすくなります。

 

勘違いしやすいのが、
「パスタを食べた」
「仕事の納期に間に合った」
という「ものごと」や「できごと」を
Yes!と考えてしまうことです。

パスタを食べて
『美味しい』
という気持ちになったことがYes!です。

仕事の納期に間に合っで
『スッキリした』
という気持ちになったことがYes!です。

 

Yes!とは、
「心の針が快の方に触れた瞬間」
のことを言います。

ものごとやできごとのことではなくて、
それによって湧いてきた
ポジティブな気持ちがYes!です。

 

カテゴリー: | 投稿者:

コミュニケーションはいつもすれ違っている

私たちのコミュニケーションは、

心のフィルタを通った
完全には正確ではない意訳された情報を、

言葉・声・文・絵・ジェスチャー・表情
などで表現することでさらに意訳されて

相手に伝えています。
[clink url=”https://www.happy365.jp/communicationhaiyaku/”]

 

この意訳されたあなたのメッセージは、
コミュニケーションの相手には
どのように伝わっているのでしょうか?

 

あなたの意訳されたメッセージは、
相手の心のフィルタを通して
意訳されて認識されます。

相手は
その意訳された認識を基に
表現することでさらに意訳されされて
あなたに伝えています。

さらにあなたは心のフィルタを通して・・・
とますます
元のものごとやできごとが意訳されて、
コミュニケーションが進んでいきます。

 

♀:「きょう仕事で失敗しちゃって」
♂:「どうしたの?」
♀:「昨日まで覚えてたのに忘れて怒られた」
♂:「スマホでリマインド設定するといいよ」
♀:「あ・・・ありがとう」

♀はただ話を聞いて欲しかっただけです。

でも♂は『失敗して困っているんだな』
と意訳をして、
親切心から解決策をアドバイスをしました。

このようにすれ違っていきます。

 

私たちに心がある限り、
コミュニケーションはすれ違ってしまうものです。

すれ違わないように心を通さない、
というわけにもいきません。

すれ違ってしまうからこそ、
元のものごとやできとごとと
相手の認識を
『できるだけ正確に知ろう』
とすることが大切になります。

 

カテゴリー: | 投稿者:

コミュニケーションをとる時は、必ず意訳されて表現されている

私たちは自分の外のものごとやできごとを、
①五感というセンサーで情報をキャッチし
②心のフィルタを通して認識しています。
[clink url=”https://www.happy365.jp/kaifukaiwokanjirufilter/”]

 

ということは、
情報は必ず心のフィルタを通るので、
外の世界を直接は認識できていません。

私たちは外の世界を、
正確には認識できていないのです。

 

私たちは
だれかとコミュニケーションを取る時、
認識した世界を
言葉・声・文・絵・ジェスチャー・表情
などで表現して伝えます。

この表現は、
必ず心のフィルタを通っているので、
正確に表現できていません。

 

ということはコミュニケーションは、
情報が心のフィルタを通った正確でない
なんとなくの訳、
つまり意訳されて表現されているのです。

 

カテゴリー: | 投稿者:

心のフィルタは人それぞれオリジナル

私たちは自分の外のものごとやできごとを、
①五感というセンサーで情報をキャッチし
②心のフィルタを通して認識しています。
[clink url=”https://www.happy365.jp/kaifukaiwokanjirufilter/”]

 

五感と心の機能はみんな同じです。

でも同じものごとやできごとに対して、
あなたとお友達で
認識が違うこともありますよね。

 

たとえば同じ畑で採れたイチゴを
あなたは『美味しい♪』と感じたけれど、
お友達は『タネが歯に挟まってイヤ』
みたいなことがあります。

 

これは「いつ」「なに」の「どこ」に対して
快不快を感じるか?
その強さや大きさはどのくらいか?
は人によって違うからです。

つまり心のフィルタは、
人それぞれオリジナルだということです。

だから同じものごとやできごとに対して、
あなたとお友達で認識が違うのです。

 

カテゴリー: | 投稿者: